ケアの根源を求めて

本当にケアしているのは「私」なのか。その問いから議論は始まった。どうやらケアの主体は「私」ではないらしい。しかしその先の理解はそれぞれ異なっていた。互いのズレの中で見えてきた驚き、疑問、違和感、共感・・・ズレの中でこそあらわれる洞察。いまケアの根源へと降りてゆく。坂井の担当章(第3章)では、解離性症状をもつ女子高生とのカウンセリングを取り上げ、ケアの主体という視点から検討している。