仁愛大学人間学部コミュニケーション学科も開学10周年を迎えています。これまでに7学年分の卒業生達が社会に巣立って行きました。
多方面で活躍するOB&OGの中から、今年も「オープンキャンパス」に参加してもらい「OB&OGに聞く」という企画に参加してもらっています。受験生やその保護者に「コミュニケーション学科の魅力」を生の声として語ってもらいました。
また、その傍らでそれぞれにインタビューを行いましたので、ここにその内容をお知らせします。
「コミュニケーション能力」や「社会人基礎力」1)を大学生活で身につけ、社会に出てからも進化し続ける先輩達の話に耳を傾けてください。
インタビュー内容は随時追加更新していきます。
2010年度のインタビューはこちらからご覧ください。
2009年度のインタビューはこちらからご覧ください。
サービスの勉強に、世界を見て回りました。でも、サービスの本質は、隣人を思いやることでした。
松宮 由佳さん (前半)
ディズニーランド・ホテル(6年間の勤務を経てこの度退社)
2004年度卒業
英語コミュニケーション系
仁愛女子高校卒業- 仁愛高校では特進コースで、毎日が勉強漬けでしたから将来のことってあまり気にしてはいなかったですね。実家が自営業なので、なんとなく経営のほうに進学して、接客の道に進もうかな、くらいで。ただ、家族と海外に出かけることがあって、そのことには無性に好奇心がわきました。高校生ながらに、海外、ホテル滞在、異空間という魅力的な環境がインプットされてしまいました。単純に、必要なツールとしてまず「英語」です。あと、コミュニケーション能力。それが、この大学に来ることになったきっかけです。
1年の時に、勉強とアルバイトに精を出し、シンガポールや韓国に行きました。そんなある日、ある授業で「海外旅行シミュレーション」を学んだのです。くじであたった国へ、自分でコーディネイトして、チケットやホテル、観光コース等手配してみるというものです。このことで、自立したツーリストを自分に作り上げることになりました。同時に、そんなツーリストが癒されるために立ち寄る場所、ホテルという空間を強く意識するようになったのです。
1年はそんな調子でしたから、2年になっても大学では授業だけまじめに取っておけばいい、くらいに思っていたのです。でも、この大学をそれだけに使っていたら損だ!ということに気づきました。オープンキャンパス、世灯祭(大学祭)、入学式プロジェクトをはじめ、CM制作プロジェクト、tomos(フリーペーパー)編集プロジェクト等、通常なら経験できない参加型プロジェクトがひしめいていたのです。体験を通して、たくさんの仲間とも知り合うようになりました。授業、海外以外で大学を楽しめるようになりました。世界を知ることも、隣の仲間を知ることも同じように大事だったのです。
3年になり、ゼミが決まる頃には「ホテルで働く」という思いはいっそう強くなっていました。研究内容も、各国のサービスに対する価値観と決めて、このテーマはやがて卒業論文へと昇華しました。3年の夏には、決定的な出来事もありました。例によって、パッケージではない個人留学でボストンに2カ月過ごすことになったのです。同世代の学生たちだと、福井県内の知り合いが多かったわけですが、ボストンでは当然ですが東京、大阪や他府県の子たちもたくさんいる。そんな彼女たちのアピール力がすごかったのです。同じ歳で、もう真剣に将来と就職にトライしていました。帰国してからは、すぐに就職活動にシフトしました。県内のホテルだったらどこがいいかな?くらいに思っていたのですが、県外でもいい、海外でもいい、望みがかなうならどこにだってチャレンジする!と、思うくらいの自分になっていました。
ところが、あまりにもホテル業界に執着したために、
私はいつの間にか就職戦線から離脱していたのです。
後半に続く
卒業して6年、ディズニーという場所で、ようやく仁愛大学で学んだ意義が理解できました。
松宮 由佳さん (後半)
ディズニーランド・ホテル(6年間の勤務を経てこの度退社)
2004年度卒業
英語コミュニケーション系
仁愛女子高校卒業- ボストン留学から帰国して早々に就職活動を始めたのですが、憧れになっていたホテル業界だけに絞っていたために決まらないまま時間が過ぎて行きました。まわりでは、私よりあとに活動をはじめた人たちがどんどん就職を決めていきます。もう、焦りを通り越していました。4年の夏も過ぎ、秋、冬も通過して卒業の季節。卒業式後のセレモニーでは、学科の先生に頭を下げました。重要な1期生なのに、仁愛大学最初の就職率をダウンさせてしまったのです。情けなくて、悔しくて、謝りながら涙が止まらなかったのを覚えています。
卒業後、webで仕事を探していた時です。一旦プライドなんかは捨てていましたから、なるべく英語が使えるホテルを第一希望にしていました。ある日、ディズニー・ホテル(旧ホテル・ミラコスタ)が募集をかけていたのです。アルバイトでしたが、もはやそんなことはどうでもよく、ホテルの勉強をするにはここしかないと信じ、迷わず応募しました。アルバイトとしては、1年半の勤務でした。その間、契約社員に昇格しようと積極的に仕事を見つけ、努力しました。理想の現場で働けるのです、大変なこともありましたが、まったく苦にはなりません。まわりのキャストの仲間もいい方ばかりで、働くほどに毎日が充実していました。
試験を受け、契約社員に合格。社員になった後の仕事は、バックヤード。どちらかというと、管理職を任されることになりました。もっと、ゲストに触れ合えるフロントにいたかったのですが、配属なので従うしかありません。私にしてみると、同期とは2年の違いでやってきた就職の現実だったのかもしれません。もちろん、希望を満たして余りある職場なので贅沢な話ですが。もちろん、仕事は充実していましたよ。大きな出来事では、やはり東日本大震災ですね。激しい揺れの中で園内待機を余儀なくされたゲストの不安を少しでもなくそうと、懸命に努力しました。40時間くらい、不眠不休でした。逆にゲストに励まされたり、劇的な日でした。
日常では、忘れ物の処理をしたゲストから後日、3ヶ月、半年くらい経ってから「あの時対応してくれた、松宮さんという方を呼んでください」と、お礼を言われたりしました。そういうさりげない日々も、幸せでしたね。
毎日、何不自由なくディスニー・ホテルでの仕事をしていますが、最近、気持ちに変化が現れたのです。仕事柄、地元福井にはなかなか帰れません。ですから、友人の結婚式にも帰ってあげられないのです。そんな時は、友人との想い出を、アルバムにしてみたり、サプライズを作って送るようにしていたのです。ディズニーの友人たちにも、そんなサプライズを贈ったりしているうちに気づいたことがありました。
「これも、私がやりたかったことのひとつなんだ。」
子供のころから、ものづくりなど興味がなかった自分なのに、どうしてこんなに楽しくて、喜びを感じているのだろう。答えは仁愛大学にありました。気づきの原因は、tomos制作に参加したことだったのです。
接客サービスが目的で、ホテル業界に入ったことは間違いではありませんでした。でも、もっと根本的なこと、「人を喜ばせる」ことが、私の本当の目的だったんだと思えるようになったのです。思い切って入っていった、大学プロジェクトの数々では、ものづくり、仲間づくりを学んでいたのです。また、デザインとは、誰かを幸せにする行為であるということも、ようやく理解できました。私が、仁愛大学に入学したことの意味は、そこにあったのでした。
現在、大学生活を送っている人、これから大学を目指す高校生の皆さんには、まだわからないかも知れません。でも、あえて言っておきます。今できる、あらゆる可能性に目を向けてください。新しく踏み出す一歩は、360度の方向性を持っています。ふと思うことがあったら、まず一歩を踏み出してください。その一歩は、必ず未来につながっています。勇気を出して、がんばってください。
tomosを編集している、活気であふれる教室に初めて入った時の緊張を思い出します。 ディズニーに飛び込んだ時の勇気を、思い出します。
そしてこれから、福井のウエディング業界にチャレンジしようとしている自分。 自分を信じることができれば、可能性は無限です。私も、次の一歩を踏み出します。
知らないことを、知りたいと思うこと。それが、デザインへの入り口になる。
坂井 渚さん
Face & wrist gallery SAKAI勤務
平成18年度卒業
企画表現系(旧コミュニケーションデザイン系)
福井商業高校出身- 高校の頃は、デザインという言葉は知っていましたが、具体的にどういうものなのかはわかりませんでした。その頃、メガネ店(現Face & wrist gallery SAKAI)を経営している父が「店のホームページを考えてくれないか」と言ってきたのです。そのとき突然デザインが、現実性を持って私に近づいてきました。そこで理解できたことが、「今の私にはできないことのひとつなのだ」ということ。デザインってなんだ?という思いが興味になったのです。そのことが、仁愛大学コミュニケーション学科を選んだきっかけですね。当時は「コミュニケーションデザイン系」という名称がありましたから、オープンキャンパスで見かけた「デザイン」という文字にすごく惹かれました。3年になると、本格的にパソコンでのデザインを学ぶようになります。主にIllustratorでの技術向上がテーマでした。社会に出て、最初に役立ったのもIllustratorを使えることでしたね。現在は、実家でもあるFace & wrist gallery SAKAIで働いていますが、もちろん大いに利用しています。店内POP、HPの作成や運営、チラシや雑誌広告まで幅広く。お客様とは、会話というコミュニケーションをとっていますから、仁愛大学での学びがフル稼働しているというイメージです。コミュニケーション学科をひと言でいうのは難しいけれど、私なりに思うのは「考える力を鍛える学科」なのではないかと。お客様との会話もいろいろです。商品への質問や、お好みを探るのは瞬時の判断力を必要としますし、相談事をじっくり聞くのは過去を反芻したり先を読む力が必要です。デザインの段階になると、今度は目の前にいない相手を想定し、その相手への効果を考える創造力が必要になります。コミュニケーション学科には、このようないろんな力が用意してあります。ひとつでも、ふたつでも、その人に合った力を手にできるといいですね。
学科の魅力は他にもあります。よく言われることですが、この大学は先生との距離がすごく近いのです。ですから、いい意味で、どんどん先生方を利用するといいですよ。高校生の方が、もしこの大学を選ぶのならとにかく目的・目標をしっかり持つこと。特にこの学科は、自分で考えて、動いて自分のものを獲得する学科です。保護者の方々も、皆さんの将来に期待して大事な学費を用意してくれるのですから、必ず目標という財産を得てください。私は、コミュニケーション能力、デザイン力という武器を手にすることができました。そして4年間で培った知識を基礎に、これからも社会で生きていきます。どうか皆さんも、無理をしない程度に、しっかりと未来の自分を育てていってください。
もっと福井の役に立ちたい。英語との出会いは、そのためだったのかも知れません。
竹内 康人さん
日本システムバンク勤務
平成20年度卒業
英語コミュニケーション系
武生東高校出身- 英語は中学のころから好きな科目でした。そのせいか、高校も国際課というコースを専攻していました。そして、大学も英語系です。不思議なのですが、英語は中学で出会って、なぜかすぐに覚えられたのです。それからどんどん好きになっていって、自分にとって一番の科目になっていきました。特に、英語で外国人と話したいとか、海外で生活したいといった欲求があった訳ではないのです。大好きな学問のひとつ、とでもいうのでしょうか。そういう意味では大学3年からの、矢橋先生のゼミは自分に合っていたのだと思います。矢橋ゼミは、実用的英語を習得するだけでなく、主に言語学として英語をとらえるというのがテーマでした。先生の教育コンセプトにも、「真の国際人とは、高い語学力を持ち、他国のみならず自国の文化を踏まえた意見を持つ者と考え、実用目的のみの教育とならぬように心掛けている。」とあります。最初は戸惑いましたが、日本語や英語も、その言語が生まれた背景、社会、文化があり、それを理解することも重要な学問であると理解しています。これは、コミュニケーションを交わそうとする場合、相手の環境、立場も充分に理解しなくてはいけないということに通じるのではないでしょうか。英語やコミュニケーションのことを、このように理解することができたのも、とにかく私が英語を好きだったということにつきます。自分で見つけた「好きなこと」に関しては、自分でレベルアップしていくし、たとえば仕事にも活かすことができます。
友人の話になりますが、彼はファッションに興味があり、好きなブランドをとことん購入したり、研究したりしていたのですね。そしてついにはそのブランドに入社してしまいました。現在は、コミュニケーション能力を必要とする販売の仕事をしています。私も、直接は英語コミュニケーションを必要とする仕事ではありません。会社は、コインパーキング事業を主力とする日本システムバンクで、今は神戸勤務です。社会人になった私の次の目標は、「大好きな福井の役に立ちたい!」ということ。言語や、文化が地域によって違うように、全国、世界には必ず福井を良くする要素があるはずなのです。それを掘り下げて、見つけていきたい。その過程で、いつか英語での会話が必要になるのかもしれません。ともかく「福井に貢献したい」、そう思えることが、コミュニケーション学科が私に与えてくれた力でしょうか。自分にとって、必要な「何か」を見つけたい中学や高校生の方々には、将来を決める際にとっても頼りになる大学ですよ。
マーチングが導いてくれた、私の未来。
西澤 史恵さん
社会福井法人 和楽園南保育園勤務
平成22年度卒業
現代社会系
仁愛女子高校出身- 私は高校も仁愛だったので、なんとなく仁愛女子短大に進学しようかな、くらいに思っていたのです。でも短大だと、2年間のスケジュールで進路に向かって学ぶことを急きょ決めないといけない印象がありました。それだと、どうも私の性格に合っていないような気がして、4年という時間のある仁愛大学に決めました。正直に言いますが、入学してからも自分がどうあればいいのかはずっと迷っていました。状況が変わっていったのは、2年の時、ダンス部に入ってからです。大学でダンスに打ち込みながら、どんどん湧きあがってきた感情がありました。それは高校時代にやり遂げたマーチングバンドのことです。私のポジションは、フラッグを持って演技するカラーガード。見た目は派手だけど、実は地味で、続けられる人はめずらしいと言われています。卒業してからも、先輩としてお手伝いには言っていたのですが、大学3年の夏、部のOGを中心にマーチングバンドの新チーム(カラーガード)を組んだのです。当然、公式大会出場を目標にしたチームです。それからが大変でした。当たり前ですが、なにごとも自分で準備をしなければいけません。メンバーのスケジュール調整、各団体への交渉、練習場所の確保、楽曲や演技の構成、現場の指示等々。高校の時は、部活に出て、演技に磨きをかければいいだけだったのに。でも、このことが私に大きな気づきを与えてくれました。メンバーや、各団体や施設の方々とは、諸問題を共に解決しながらコミュニケーションを図らないといけません。引っ込み思案だった私が、チームのために進んで地域社会との関係を築いていたのです。これは、私の大きな自信につながり、チームもまた県大会、北陸大会、埼玉アリーナでの全国大会へと勝ち進むことになりました。
学業の話が後になってしまいました。私が先行したのは現代社会系で、主に問題発見力、分析力、解決力、実践的提言力を学びます。さらに言うと、環境、家族、格差、地域社会など、現代社会の諸問題に対する解決法を、社会調査の理論の実践も学ぶのですが、私の場合、マーチングバンドの活動でこれらを体験してしまったような気がします。大学って、そういう学び方もあるんじゃないかな、とも思います。仕事は、和楽園南保育園で、主に小学校低学年の学童保育を受けもっています。今度は先生という立場で、子供たちを取り巻く環境という現代社会と向き合っています。やりがいのある仕事と、マーチングバンド。お互いを両立させながら、バランスのとれた毎日をおくっています。大学の後輩には、サークルには入っておくことを勧めます。やっぱり、先輩たちの生きた情報を得ることができるのは貴重です。ひとりだったり、同級生レベルではわからないことがありますからね。高校生の皆さんには、将来のことも大事だけど、高校時代に打ちこめることも大切にしてほしいということでしょうか。そこから将来が決まっていくということもありますから。とにかく、やりたいことを早く見つけて、仁愛大学で大きく羽ばたいてほしいですね。
----- 1)社会人基礎力/2006年に経済産業省より「職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力」が体系化され提言されたものです。「行動力/Action」「考察力/Thinking」「チームワーク/Teamwork」の大きな3つの柱に大別され、それぞれに「どんな能力が必要とされているか」が示されたものです。本学科では、2001年の開学以来、先駆けてこの考え方で教育支援を推進しています。
経済産業省社会人基礎力サイト http://www.meti.go.jp/policy/kisoryoku/index.htm


















